ドクター紹介

皆さまへのメッセージ

ドクター写真 予防は、治療と同じくらい大切です。

多くの歯科疾患は治療できますが、それでも歯を削ったり、抜いたりしなくてはならない場合もあります。削った歯や抜いてしまった永久歯は再生することはありません。ですから、当院では、治療をすると同時に、これ以上、新たな疾患ができないように、予防の指導も十分にさせていただきます。

歯の磨き方を変えたり、少々今までより面倒になることもあるかと思いますが、お口の健康をお守りするには、皆さまのご協力も不可欠です。

むし歯や歯周病を防ぐ方法や情報は、当院が一生懸命お伝えいたしますので、一緒に力をあわせて頑張りましょう!!

治療の際に心がけていること

歯科医師は、お口の中を見るのが仕事ですが、私はさらに皆様のお顔を見るように心がけております。初めてご来院いただき不安そうな患者様のお顔。今までに治療を続けてきて、おっしゃりたいことがあるのに言えずにいる患者様のお顔。

お顔を拝見することで、皆様の気持ちをくみとり、少しでも笑顔になってお帰りいただきたいです。

院長プロフィール

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氏名
湯浅 泰彰(ゆあさ やすあき)
略歴
昭和48年3月大阪歯科大学 卒業
昭和48年4月東大阪市 久保歯科医院 勤務
昭和52年現在地にて開院 現在に至る
資格・その他
インターナショナルデンタルアカデミー 卒業
趣味
ハイキング 写真撮影 旅行 音楽鑑賞


副院長プロフィール

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氏名
湯浅 由崇(ゆあさ ゆたか)
略歴
平成16年3月朝日大学歯学部卒業 
平成16年4月~平成18年3月和歌山県立医科大学付属病院
 臨床研修(半年間の麻酔科研修
 を含む)
平成18年4月~平成19年3月和歌山県立医科大学付属病院
 歯科口腔外科学講座 研究生
平成19年5月~平成24年3月大阪市内の歯科医院勤務
平成24年4月湯浅歯科院勤務
所属団体・学会
日本口腔外科学会会員
大森塾 塾生
趣味
趣味はカラオケと料理です。また、三十半ばに差し掛かりお腹周りが気になりだしたので最近は肉体改造にハマっています。


ドクター写真

あいさつ

ドクター写真2 皆様はじめまして。
和歌山市三木町「湯浅歯科医院」の湯浅由崇です。

「自分や自分の家族に受けさせたい治療をする。 悪いところを
治して終わりではなく、なぜそうなったのか原因を追究する。」

を信念に一人でも多くの皆様の笑顔に出会えるように、 明るく楽しい歯科医院を目指していますので、宜しくお願い致します。

湯浅由崇の生い立ち

幼少期

ドクター写真2  昭和54年10月
 歯科医師の両親の元、湯浅家の長男として生まれました。 幼い頃は父が開業している歯科医院が遊び場でした。 父の代から当院に来ていただいている患者さんには幼少期の 僕と遊んでくれた方もいらっしゃいます。

そのような環境で育ったせいで歯科医師は身近な憧れの存在 でありましたし、 将来は歯科医師になって実家を継ぐものだと 自然に思っていました。

小さい頃の僕は活発な方ではなく、外で遊ぶよりも家の中で遊ぶことの方が多かったと思います。 運動はまるで駄目でしたが、そのかわりに工作や絵画が大好きで、一日中家の中で絵を描いているかブロックや粘土遊びをしていました。
両親には僕の長所を伸ばすために、書道教室と絵画教室を小さい時から行かせてもらい、その甲斐あってか小学校時代は絵画や書道のコンクールで数々の賞を頂きました。 現在の歯の詰め物に対するこだわりはこの時にルーツがあるように思います。

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また、僕の短所を治すためにボーイスカウトにビーバーの頃から参加させてもらい、カブスカウトの頃には班のリーダーにも任命されました。 このボーイスカウトに参加することにより、精神力や協調性、人と一緒に何かを作り上げる喜びを学ばせてもらいました。

小さい頃からこれだけ色々と学ぶ機会を与えてくれた両親には、本当に感謝です。


大学時代

地元の中高を経て、歯科医師になるために僕は岐阜県にある朝日大学に進学します。
岐阜県は和歌山県民からすると、あまり馴染みはないでしょうが、和歌山に負けず劣らず自然豊かな場所です。 春には一夜城でのお花見、夏には川でのBBQ、秋には大学の学際、冬にはスノーボード。 四季折々の楽しみ方ができ、道路も広くて正直住みやすい街だと思います。和歌山の次に好きな町です。

大学生活の最初の二年間は部活とバイトに精を出しすぎてしまい、肝心の勉強はテストの前日に 「先輩や同級生からもらった資料に目を通して要点のみを一夜漬けで覚える」という状態で、成績も常にどん底で一時は留年寸前でした。 こればっかりは、僕のために学費を出してくれた両親には本当に申し訳ないです。

しかし学年が進み専門の教科が増えてくるに従い、元々理系の教科が得意だったこともあり「歯医者って面白い」と思い始めます。 昔から僕は一度面白いと思い始めると、とことん追求しないと気が済まなくなります。 それまでは一度も開いたことのなかった教科書を片端から隅々まで読み漁り、友人から「そこは、テストに出ないから覚えんでもええやん」と突っ込まれたほどでした。 留年寸前だった成績も急上昇していき、気が付くと教科によっては学年で一位の成績を取るほどで、テスト前は友人から家庭教師をお願いされるほどになりました。

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また、この大学六年間の間に良き友人たちに恵まれ、このメンバーは今でもお互いに連絡を取り合い、切磋琢磨しています。


研修医時代

大学を卒後した僕は、学生時代に外科系の科目が得意だったこともあり和歌山県立医科大学付属病院 歯科口腔外科学講座に研修医として入局します。 ここで恩師ともいえる、森田展雄先生と出会います。

三年間という短い期間ではありますが、先生からはその臨床に対する姿勢、技術、考え方など非常に多くのものを学ばせていただきました。 また半年間、麻酔科にも研修で出させていただき、医科の研修医に混じって歯科以外の全身的な医学知識の基本を学ぶ機会も与えていただきました。

「患者さんを赤の他人ではなく、自分の親や兄弟と思って治療しろ。
それができない奴は、臨床に立つ資格はない。」

この先生のお言葉は、今も僕の心に焼き付いていて、僕の診療に対する一つの信念になっています。

恩師の森田先生は和歌山県立医科大学を退官されましたが、退官後もNSメディカルヘルスケアサービス和歌山診療所で臨床にあたっておられ、今もなお第一線で活躍されるお姿は今でも僕の憧れです。

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さて、そんな僕が口腔外科の医局を退職するきっかけになった事があります。
口腔外科の研修も終盤に差し掛かった卒後二年目のことです。 患者さんの総入れ歯を作っていたのですが、当時の僕は知識があっても経験も浅く、当然調整に非常に苦労していました。

苦労しながらも森田先生の言葉を噛みしめながらできる限りの事をさせていただいたのですが、 治療終了後患者さんから泣きながら「先生ありがとう。先生のおかげで今まで食べられなかったセロリや沢庵が食べられるようになった。」とお礼を言われたのです。

それ以来、患者さんの悩みを解決して笑顔になってもらう。それを提供できるこの歯科医師という仕事が大好きになり、もっと技術や知識を磨いてもっと多くの人の悩みを解決したいと考えるようになりました。

歯科口腔外科学講座は口腔外科の分野ではもちろん素晴らしい環境ですが歯科治療という分野においてはやはり専門外の部分があります。 僕は、最新の歯科治療を学ぶために大阪の開業医に就職します。


大阪での勤務医時代

勤務先の開業医はインプラント治療専門の医院でインプラント治療の基礎から応用までを学ばせていただきました。 また、自分の技術の向上のため連日、医院に深夜まで残って練習する日々でした。
深夜まで練習して夜中に近所のラーメン屋か牛丼屋で晩御飯をさっさと食べて寝るだけの生活でしたので自分の歯科医師の成長と比例するように体重も激増していきました。

また、この勤務医時代にいくつかのセミナーや勉強会にも参加していたのですが、その中でも同僚の誘いで参加した勉強会「大森塾」で一つの衝撃を受けます。

「下医は病を癒し、中医は人を癒し、上医は未病を癒す。」

現状の歯科医院は悪いところを治して終わりというのが多い中、悪いところのみを治療するのではなく
いかに未病の状態で防ぐか。 そのために審査、診断がいかに大事かという考え方に衝撃を受けます。
以来、この考え方が現在の僕のもう一つの信念になっています。

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そして和歌山へ

大阪での生活も3年目に入り、「いつかは開業して、自分の理想の歯科医院を作りたいな。」とおぼろげに考えていた頃ですが、 大学時代の友人で現在、松井山手で活躍されているあゆみ歯科クリニック院長の福原隆久先生の開業祝いをしに行きました。

福原先生に「なんで、この場所で開業しようと思ったん?」と質問したところ

「色々あるけど開業したら一生その地域で住むわけやから、
自分が本当に住みたいと思う土地と環境で開業したんやで。」

と答えが返ってきたのです。

「自分が住みたい場所」と僕も考えた時に真っ先に頭に浮かんできたのが、自分の生まれ故郷の和歌山市と、今まで育ててくれた両親の顔なのです。 その時から「父の医院を継いで自分が大きく発展させよう。」「自分の同級生はどんどん和歌山を離れていくけれど自分は和歌山に残って何か和歌山の役に立ちたい。」と強く意識するようになりました。

そんなわけで僕は父の歯科医院に2012年4月に帰ってきました。

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